神待ち娘と呼ばれる人達は、かなり気ままに生活をしています。
どれだけ気ままかと申しますと、ちょっと驚いた話しがありますが、3日間いく所がなくてかなり困っていた神待ち娘に、「ま、アタシたちはどうにでもなるから。
」と、根拠がない自信を持って言われまして、それだけ現実を深刻に考えていないからこそ、いつでもどこでも流浪の民のように移動可能なのだなと思いました。
現実を深刻にとらえてないからこそ、気がつくとそこに現れたり、いつの間にかいなくなったり、忙しいのとのんびりが紙一重のように生きていて、おい、そんな感覚で生きていて本当に大丈夫なのか?って思っちゃうんですよね。
ですから、そのような神待ち娘を助けてあげなければと思うのです。
それに、金銭的に大変でもそれなりに生きていくバイタリティーや賢さは、一般の人も勉強すべき良いものを持っていると思います。
神待ち娘たちは、賢さとバカさを上手に演じていますので、時には簡単にそれにひっかかる男どもを上手に手のひらで転がしていたりします。
気づいたら、自分の部屋に昔からいたように住みついているかも知れません。
そのようなことが難なく出来てしまう人達なのです。
また、時には「仕方ないな~」などと父性愛を上手に引き出し、年上の男性を上手く利用している場合もあるのです。
年上世代は、甘えられることに弱い人も存在しますからご注意下さいね。
それらの言動、行動を神待ち娘さんたちは、意識的にしているのかと言えば決してそうではなく、生きるための心得とでも言うのでしょうか、自然に身についた行動であり、天性とも言えるべき素晴らしい才能であると言えるでしょう。
気ままさに心を許し、神待ち娘たちを甘く見ていると、気がついたら自分の周りには神待ち娘しかいなかったという状況もあります。
それは、自分が知らないうちに他の神待ち娘たちとコンタクトを取っているからです。
その状態を許せたにせよ、経済的負担はかなりかかりますので心して下さい。